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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1801号 判決

控訴人(被告) 茨城県知事

被控訴人(原告) 大貫豊

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴人が別紙目録記載の土地につき、昭和二十四年七月二日附発行茨城を第六二三〇号買収令書により同日を買収期日としてなした買収処分は無効であることを確認する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において「本件買収申請は被控訴人不知の間に寅吉がなしたものである。昭和二十四年二月頃被控訴人不在中寅吉がその妻かのを通じて被控訴人の妻きしからその用途を告げずに被控訴人の印鑑を借り受け被控訴人不知の間に本件買収申請書に押捺したものである。また本件土地の買収令書を受領したのは寅吉の妻かのであるから、原判決二枚目表五行がら六行中の『これを原告に交付して』とある部分を『これを寅吉の妻かのに交付して』と訂正する。なお別紙物件目録記載の土地は、本件買収申請書に基き本件土地とともに同様の手続により買収されたものであるから、当審において請求の趣旨を拡張して、右土地に対する前記買収処分の無効確認を求める。」と述べ、控訴代理人において「原判決三枚目表五行から六行中の『その旨寅吉の了解を求めた上、同人の印鑑を借用し』とある部分を『被控訴人がこれに自己の印鑑を押捺した上白河村農地委員会に提出したものであつて、これによつて』と訂正する。別紙目録記載の土地が本件買収申請書に基き本件物件と同様の手続により買収されたことは認めるが、本件土地と同一の事由でその請求は理由がない。」と述べた外、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。(証拠省略)

理由

茨城県東茨城郡白河村大字佐才字みそこや四十四番の十畑一町四反二十七歩及び別紙目録記載の土地がもと被控訴人の父大貫寅吉の所有であつたこと、寅吉は昭和二十一年八月二十三日隠居し被控訴人が家督相続により右土地の所有権を取得したこと、寅吉は昭和二十四年四月十六日死亡したこと、右土地につき白河村農地委員会が昭和二十四年六月七日所有者を右寅吉買収期日を同年七月二日とする買収計画を樹立し、縦覧期間を同年六月八日から同月十八日までと定めて公告したこと、控訴人が右計画に基き同年七月二日買収令書を発行したことは当事者間に争いがない。

控訴人は「本件買収計画は土地所有者たる被控訴人から提出された寅吉名義の昭和二十四年二月十日附農地買収申請書に基き樹立されたものである。」と主張する。よつてまず右農地買収申請書(乙第四号証)が提出された経緯について判断する。成立に争いない甲第二号証の一ないし三、第四号証の一ないし三、乙第一、第二号証、第三号証の一、二、原審証人大貫かの、鈴木雅、浜野秀雄、片岡正保、当審証人大貫かの(たゞし、後段認定に牴触する部分を除く。)、大貫きし、原田勘次郎の各証言、原審及び当審における被控訴本人の供述(たゞし後段認定に牴触する部分を除く。)を綜合すれば、被控訴人は寅吉の長男であるが嫁をもらつて後は寅吉と不仲になり、寅吉は二男義男と同居し同人に自分の財産を分与しその所有権移転登記手続をすませたが、自分が隠居したことにより被控訴人が相続した財産については、山林の所有権移転登記手続をすませたのみで他の不動産の所有権移転登記手続はなされないでいたため、被控訴人の義弟浜野秀雄が昭和二十四年初頃寅吉を説得し、寅吉も被控訴人が相続してまだ所有権移転登記を経ていない不動産につきその登記手続をすることを承諾したこと、当時自作農創設特別措置法により農地の買収売渡が行われていたので、被控訴人は白河村農地委員会書記菅原末吉に相談した結果、本件土地について家督相続による所有権移転登記をなさず右法律の定める買収売渡の手続によつて、本件みそこや所在の土地外二筆を被控訴人に本件大山所在の土地外十二筆を妻大貫きしに所有権所得登記を得ることゝし、申請手続一切を同書記に依頼するとともに、その旨を寅吉に伝え同人の承諾を得たこと、右依頼により同書記は前記みそこや所在の土地外二筆の耕作者が被控訴人、大山所在の土地外十二筆の耕作者が大貫きしと記載した農地買収申請書(乙第四号証)を作成し寅吉の氏名を記載し同年二月初頃寅吉の名下の押印を求めたところ、当時同人の手許に印章がなかつたため寅吉は被控訴人の妻きしから被控訴人の印章を借り受けて押印し、同書記を通じて右申請書を白河村農地委員会に提出したこと、農地委員会の菅原書記は、元より前記事情を知悉していたが、白河村農地委員会は右事情を知らず、本件土地は登記簿上の名義人寅吉の所有に属し同人より買収申請があつたものと認めて前記買収計画を樹立し控訴人も亦同様の見解の下に前記買収令書を発行したことが認められる。右認定に反する当審証人大貫かの、原審及び当審における被控訴本人の各供述は、前記証拠に照し措信し難く、その他以上の認定を覆すに足りる資料はない。

右認定の事実によれば、本件農地買収申請書(乙第四号証)は寅吉が作成提出したものであるが、その作成提出は被控訴人から依頼されてなされたものであるから、右申請書の作成提出は被控訴人の意思に基いてなされたものであつて、結局被控訴人が寅吉名義をもつて本件農地の買収申請をなしたものと認めるのが相当である。従つて右買収申請書に基き白河村農地委員会が本件農地の買収計画を樹立し控訴人が買収令書を発行するについては、その所有者、申請人を誤認したことに瑕疵があるが、右申請は実質的には真実の所有者の意思に基いてなされたものであるから、単に右事由により、本件買収計画、買収処分が法律上当然無効となるものとは解し難い。

次に、控訴人は、「本件買収令書を昭和二十四年七月三日被控訴人に交付した。」と主張する。しかし右主張の日時に本件買収令書が被控訴人に直接交付されたと認むべき証拠はなく、却て、右日時に本件買収令書が訴外大貫かのに送達されたことは、被控訴人の認めるところである。しかして、被控訴人は父寅吉と相談の上その諒解の下に寅吉名義で本件買収申請をしたことは、前段認定のとおりであるから、本件買収令書が寅吉方え送達されることは頭初から予想していたものと考えられるから、本件買収令書が寅吉方へ送達されれば、同人又はその家族に自己に代つてこれを受領する権限を与えていたものと認めるのを相当とするを以て、寅吉の妻大貫かのは被控訴人を代理して本件買収令書の交付を受けたものと認めるのを相当とする。

のみならず、原審及び当審証人大貫かの(ただし、後記認定に牴触する部分を除く。)の証言、前記認定の事実を綜合すれば、右令書の送達されるより先、大貫かのが夫寅吉とともに被控訴人宅から近距離にある二男義男方に居住していたこと、本件農地の買収申請については寅吉が前記認定の経緯により被控訴人と相談の上その手続に関与していたこと、寅吉が冒頭説示のとおり昭和二十四年四月十六日死亡し寅吉死亡後はかのが被控訴人と和合し親子として日常出入していたことが認められる。右認定に反する原審及び当審証人大貫かのの供述は措信しない。右認定の事実並に弁論の全趣旨(被控訴人は原審以来当審の頭初に於て、本件買収令書が被控訴人に送達された事実を自認していた点)によれば、被控訴人は本件買収令書をその頃かのの手を経てこれを受領していたものと推認するのを相当とする。

右認定に反する当審における被控訴本人の供述は、前段認定に供した資料に照し採用しない。しからば、本件買収令書は結局実質上の所有者、申請人である被控訴人が受領したものであり、且又形式上も買収令書の名宛人寅吉は当時既に死亡し、かのは妻として、被控訴人は長男としていずれも寅吉の相続人である以上、前記事実よりすれば、本件買収令書は適法に名宛人の相続人に送達されたものと認めることが出来る。

しからば、本件買収処分には、被控訴人主張のような無効原因は認められず、本件買収処分は有効と認めるべきであるから、本件買収処分の無効確認を求める被控訴人の請求は理由がない。

よつて前記判断と所見を異にして被控訴人の請求を認容した原判決は不当で本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三百八十六条に従い原判決を取り消し被控訴人の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法第九十六条第八十九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 牛山要 岡崎隆 渡辺一雄)

(目録省略)

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